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    【千葉県 柏市】豊四季の地名について

     この記事は、千葉県で教育を受けた人や、柏市にある程度の期間住み続けた人なら、皆知っているであろう事です。最後に付記しますが、ちょっとした記事を書こうとしたところ、前提となる話が多く、少しでも論理を繋げて書く為に、シリーズ化を構想したものの一環として記事をUPするものです。

     ~~~ ~~~

     柏市には、おおもとに古い地名があり、そこから新住所が独立して行った所為で、おおもとの古い地名が変な形で残ってしまった事例が結構見受けられます。この最たるものが、「豊四季」。

    ヤフー地図には、現在、住所表示で段階を追って行くと、その住所の範囲を示してくれる、って機能が付いてます。そこで柏市豊四季を表示すると、こんな具合。
    柏市豊四季
    非常に広い範囲に「散らばってます」。範囲が広いだけではなく、互いに接してもいない区域が、同じ「豊四季」である訳で、住所だけからはどの辺りなのか、容易には判断が付きません。まあ、今では住所から位置を表示してくれるサイトやアプリなども普及していますので、かつてほどの戸惑いは感じずに済みますが。

     経緯は知らねど、東武線沿線に、ほんの小さな範囲の飛び地まであります。
    柏市豊四季B
     こんな具合になってしまった理由は、この記事の冒頭でも書いた様に「おおもとに古い地名があり、そこから新住所が独立して行った所為」。豊四季は、明治時代に入植地に付けられた1~13の番号を付した地名の4番目でした(後述)。版籍奉還に伴い失職した武士や、武士の帰郷・失業で生活を維持する収入が得られなくなった江戸の町人などを救済するとして、千葉県にあった牧(野馬の放牧地)を開墾させようと入植地を設定したもの。ここから新住所が独立して云った結果として、残された「豊四季」が、こんな分布になってしまった訳です。

     こうした新地名の独立の最近の例は、2007年3月に新設された「南柏中央」。東武野田線(アーバンパークライン)に「豊四季」駅があるのはご存知の通りですが、2007年2月までは、南柏駅の南口(東口)の住所も、また「豊四季」だった訳です。豊四季台がもともと豊四季だった事は直ぐ判ります。しかしながら、「豊住」の方は、野馬土手の位置(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/80/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E7%89%A7%E9%AB%98%E7%94%B0%E5%8F%B0%E7%89%A7%E8%A9%B3%E7%B4%B0%E5%9B%B3.jpg  )を見る限り、牧(上野牧)の外側なので、「豊四季」の外側にあって、後から「豊四季」にちなんで名付けられた住所かも知れません。豊住は、https://ameblo.jp/books-fu-sa/entry-12633012749.html に拠ると、土村根木内新田が改称したもので、その後、今谷上町、中新宿の一部を含んで区域が整形・確定された模様。JR南柏駅の北口(西口)前に拡がる「南柏」については、豊四季に違いありません。
     かなり広い範囲が「豊四季」だった訳です。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%91%E7%89%A7#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Map-koganemaki.jpg を見ると、おおよその場所が判ります。上野牧が、おおよそ「豊四季」の範囲に相当すると考えられます。

     取り敢えず、豊四季の南側に関しては、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%91%E7%89%A7#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Map-koganemaki.jpg の図を加工した、次の図の黄色の区域は、もともと「豊四季」村であったのは、間違い無いものと考えます。
    豊四季の範囲確定作業_南部

     ~~~ ~~~

     以下、少し歴史的な経緯を。

     2021年11月2日~2022年2月27日の会期で柏市郷土資料展示室で開催された「柏と明治の開拓と渋沢栄一と。」(https://reywa.blog.fc2.com/blog-entry-5688.html 参照)で展示されていた開墾碑(小金原開墾碑;拓本)から。
    開墾碑_豊四季
    内容の大意。
    00A_小金原開墾碑_読み下し文

    真ん中辺りに、命名された地名が並んでます。この地名だけを取り上げてみると、
    開墾_命名

     その前は、単なる牧の一部であって、村名などは無かったものと思われます(ホントか?)・

     明治時代、秩禄処分で無職になった武士や、武士の帰郷・失業で生活を維持する収入が得られなくなった江戸の町人などを救済するとして、江戸時代に野馬を放牧していた牧だった土地に、希望者を入植させた土地の一つが「豊四季」だった訳です。


     ~~~ ~~~

     この記事は、もともとは、永楽台~名戸ヶ谷1丁目に流れる川は、もともと、どうなっていたのか?を記事にしたい(解決はしていませんが、疑問点を記事にまとめて措きたい。市役所に訊きに行けば、そちらの方が確実なんでしょうが)と考えた際、前提条件として考えた流れで出て来たものです。

    1)柏と明治の開拓と渋沢栄一と。@柏市郷土資料展示室 → https://reywa.blog.fc2.com/blog-entry-5688.html
    2)当記事「豊四季の地名について」
    3)名戸ヶ谷と名戸ヶ谷1丁目
    4)永楽台~名戸ヶ谷1丁目に流れる川のネットワークはどうなっているのか? ← 一番知りたい課題

    A)2021年に気付いた三協フロンテア柏スタジアム南側の変遷(航空画像で判断出来るものの範囲で)

    なんて記事の一環。書き易い記事からUPしてみたに過ぎません。お陰で、「何故、この時期にこの記事を?」てなものをUPしてしまう羽目に陥りました。まあ、私が柏を離れる事が見通せる様になったから(https://reywa.blog.fc2.com/blog-entry-5661.html 参照)、てな事もあっての、まとめ記事の一つです。

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    レイ豚@柏

    Author:レイ豚@柏
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    このブログの2019年4月以前の記事は、もともとはヤフー・ブログにあったものを当ブログに移行して来たもの。一方、2019年9月以降の記事は、始めから、このブログに向けてUPしたもの。2019年5~8月の記事は、このブログに向けてUPしたものと、ヤフー・ブログから移行して来たもの(他ブログを経由)が、混じっています。

    奇しくも、私の人生のうち、直近の1/4以上は、このブログと共にあった事になります。

    私は個人的には決して元号を用いる事はありませんが、このブログのURLにreywaの文字列を含むのは、上述の経緯から、です。
    ヤフー・ブログから別ブログへの移行を迫られ、検討を重ねた時期は、平成から令和へ切り替わった年であり、この二つの元号を跨ぐ期間でした(平成最後の2ヶ月と、令和最初の4ヶ月)。

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